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前橋地方裁判所 昭和37年(ワ)73号 判決 1963年2月15日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、別紙第一目録記載の土地が原告所有なることを確認する。被告は右土地につき前橋地方法務局桐生支局昭和三二年一〇月一七日受付第六六四三号をもつて為したる所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。二、被告は別紙第一目録記載の土地上に建設してある別紙第二目録記載の家屋を収去し、原告に対し右土地の明渡をせよ。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に右二に対し仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

第一、別紙第一目録記載の土地は同番の一七宅地五一坪六合と共に以前は同番山林一反歩であつたのを昭和二五年九月四日原告が右山林の所有権者たる訴外榛葉信夫より金三万円で買い受けたものであり、その後右山林は宅地三〇〇坪に地目変更せられた。

第二、然るに右売買による所有権移転登記がなされていなかつた処、被告は昭和三二年九月一四日前橋地方裁判所桐生支部における前記宅地三〇〇坪に対する競売開始決定により競落人となり昭和三二年一〇月一七日前橋地方法務局桐生支局受付第六六四三号をもつて所有名義者となり、その後昭和三三年三月一日右宅地三〇〇坪を二筆に分割し、右宅地の内同番の一七宅地五一坪六合を訴外桐生市に売渡したので、別紙第一目録記載の宅地の所有名義者として、右宅地を占有しておるが、右競売開始決定は無効であり、被告は何ら右宅地の所有権を有しないものである。すなわち、訴外石井光雄は額面金八五、〇〇〇円支払期日昭和二九年九月五日支払地桐生市、支払場所エビス商券金融株式会社、振出地東京都中央区、振出人重商株式会社なる約束手形一通を入手するや、訴外石井与一郎と共謀の上原告が訴外榛葉信夫から買い受けた前記宅地三〇〇坪の強制競売の申立をして裁判所を欺罔して夫々利得しようと企て右約束手形に昭和二九年七月頃擅に「桐生市東町八一七の一石井方榛葉信夫」と記入し、その名下に「榛葉」と刻した有合印を冒捺して裏書を偽造し、(1)昭和三二年四月一二日訴外石井光雄が手形権利者として債務者を訴外榛葉信夫として桐生簡易裁判所に対し前記約束手形に基づく約束手形金請求の支払命令の申立をなし、同年四月一六日支払命令正本が訴外石井与一郎方に送達されるや同人は郵便送達報告書の書類受領者の署名又押印欄に擅に榛葉と刻したる有合印を押捺し、次いで同年五月七日桐生簡易裁判所から債務者たる榛葉信夫宛に右支払命令に対する仮執行の宣言を付したる支払命令正本が訴外石井与一郎方に送達されるや同人に於て郵便送達報告書の書類受領者の署名又は押印欄に擅に榛葉と刻したる有合印を押捺し、(2)右により債務者訴外榛葉信夫不知の間に仮執行の宣言を付したる支払命令が確定したとして之に基づいて訴外石井光雄は同年六月一日前橋地方裁判所桐生支部に対し債務者榛葉信夫を相手方として、前記原告が買い受けたる宅地の強制競売の申立をなしその結果同庁でなしたる不動産強制競売開始決定の正本が債務者訴外榛葉信夫宛訴外石井与一郎方に送達されるや同人に於て、郵便送達報告書の書類受領者の署名又は押印欄に前同様の印を押捺し、右裁判所をして強制競売手続を進行せしめ同年九月二日訴外石井与一郎において右裁判所より発せられたる同年九月一二日を不動産競売期日とする訴外榛葉信夫宛の通知書を受取つたが、之を右訴外榛葉に連絡せず、前記一連の手続と相俟つてその儘裁判所をして競売手続を進行させ、その結果、被告が競落人となりたるものであつて、右支払命令正本は訴外榛葉信夫に送達された事実はないから、前記仮執行宣言付支払命令正本は民事訴訟法第五五九条第二号の強制執行の債務名義たるに適さないものであり、それに基づいて為された右強制競売手続はすべて無効であり、被告は原告の登記欠缺を主張することのできる正当なる第三者ではない。

第三、然るに被告は別紙第一目録記載の宅地上に別紙第二目録記載の建物を原告に無断で新築し、宅地と共に不法に占有している。

第四、よつて原告は所有権に基づき被告に対し別紙第一目録記載の宅地が原告の所有に属することの確認を求めるとともに、被告の所有権取得登記の抹消登記手続および右宅地上の別紙第二目録記載の家屋を収去し、右宅地の明渡を求めるため本訴に及んだ次第である。

と述べた。

立証(省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因事実中第一のうち、別紙第一目録記載の土地は同番の一七宅地五一坪六合と共に以前は同番山林一反歩であり、その後右山林が宅地三〇〇坪に地目変更せられた事実は認めるが、その余の事実は不知、第二の事実のうち、被告が主張日時前橋地方裁判所桐生支部において右宅地三〇〇坪に対する競落許可決定により競落人となり、主張日時前橋地方法務局桐生支局受付第六六四三号をもつて右宅地の所有名義者となり、その後主張日時宅地三〇〇坪を二筆に分割し、右宅地の内同番の一七宅地五一坪六合を訴外桐生市に売渡し、別紙第一目録記載の宅地の所有者として、右宅地を占有しておる事実及び、訴外石井光雄から債務者訴外榛葉信夫を相手として桐生簡易裁判所に対し支払命令の申立並に之に続く仮執行宣言付支払命令の申立があり、桐生簡易裁判所より右両申立に対応する支払命令並に仮執行宣言付支払命令が夫々発せられ、訴外石井光雄が右の仮執行宣言付支払命令に基づき前橋地方裁判所桐生支部に対し右訴外榛葉信夫所有の主張宅地に付強制競売の申立をなし、同庁に於て強制競売開始決定がなされその結果被告が競落人となつた事実は認めるが、その余の事実はすべてこれを争う。第三の事実中被告が主張土地上に主張の建物を新築し占有していることは認めるが、その余の事実はこれを争う。

原告は前記の仮執行宣言付支払命令、競売開始決定、競落許可決定等一連の裁判に付いて、送達手続に瑕疵ありとして右裁判が当然無効なるかの如く主張するが、苟も裁判所の正式になしたる裁判に当然無効はない。即ち裁判は上訴又は再審によつて取消されない限り仮りにその手続が違法であり内容が不当であつても之を当然無効視することは許されず、原告は登記なくして対抗し得る第三者ではないと述べた。

立証(省略)

理由

別紙第一目録記載の土地は、同番の一七宅地五一坪六合とともに以前は同番山林一反歩であり、その後同山林が、宅地三〇〇坪に地目変更せられたこと、訴外石井光雄から訴外榛葉信夫を相手として桐生簡易裁判所に対し支払命令の申立ならびにこれに続く仮執行宣言付支払命令の申立があり、同裁判所から右両申立に対応する支払命令ならびに仮執行宣言付支払命令がそれぞれ発せられたことは当事者間に争いがない。ところで原告は、訴外石井光雄と同石井与一郎が共謀の上手形金債権を有する旨仮装し同光雄において支払命令の債務者を訴外石井与一郎方榛葉信夫として同人の氏名住所を冒用し、桐生簡易裁判所を偽罔して約束手形金事件につき支払命令正本及び仮執行宣言付支払命令正本の送達をなさしめたもので、これらはいずれも形式上訴外榛葉信夫に送達されておつても無効であること勿論であるから、右仮執行宣言付支払命令に基づく強制競売手続はすべて無効であると主張するので、この点につき判断するに、なるほど成立に争いのない甲第一号証の一、三及び証人榛葉信夫の証言により真正に成立したと認めうる同号証の二並びに同証人の証言を綜合すれば、原告は昭和二五年九月四日前記山林一反歩を訴外榛葉信夫から金三〇、〇〇〇円で買受けた事実が認められ、更に成立に争いのない甲第五号証の九、同号証の一二及び証人榛葉信夫の証言を綜合すると、訴外石井光雄は訴外石井与一郎方に現住していない訴外榛葉信夫の住所を同人に無断で右石井与一郎方と記載した債務者を訴外榛葉信夫とする前記支払命令の申立をなし、桐生簡易裁判所をして右支払命令正本を訴外石井与一郎方榛葉信夫あて送達せしめ、右与一郎はあたかも右信夫なるがごとく装つて同正本を受領した事実について仮執行宣言付支払命令正本の送達に際しても右同様石井与一郎が榛葉信夫を装つて同正本を受領した事実が認められ以上いずれも右認定事実を覆す証拠はない。

しかしながら、成立に争いのない甲第五号証の六及び証人榛葉信夫の証言を綜合しても、訴外石井光雄の同榛葉信夫に対する約束手形金債権が実体のない仮装の債権であるとの確証は得られないし、榛葉信夫の証言により真正に成立したと認めうる甲第一号証の四もたやすく信用できない。その他に同事実を確めるに足る証拠はない。

おもうに、我民訴法上全く私法上の請求権が存在しない場合は格別、ひとたび仮執行宣言付支払命令が発せられ、ただちに執行力を生じ、同債務名義に基づいて不動産の強制競売開始決定がなされ、債務名義に表示された執行債務者の住所に右決定正本が送達され、差押の効果が発生した後執行当事者若しくは利害関係人より何等の異議もなく適法に競売手続が進行し、競落許可決定の確定により競落人が差押不動産を取得し競売手続が完結すれば、もはや執行当事者若しくは利害関係人は右差押不動産の取得をもつて争うことを得ざるに至るものと解すべきところ、前記認定によれば、訴外榛葉信夫に対する支払命令正本及び仮執行宣言付支払命令正本の送達に瑕疵があること明らかではあるが、同訴外人よりの右支払命令に対する上訴若しくは再審による不服の申立によらないで、右送達の瑕疵をとらえ、ただちにこれを違法として支払命令を当然無効視することはできないし、訴外石井光雄が前記仮執行宣言付支払命令に基づいて前橋地方裁判所桐生支部に対し、昭和三二年六月一日訴外榛葉信夫所有の別紙第一目録記載の宅地を含む三〇〇坪につき強制競売の申立をなし、同支部において強制競売開始決定がなされ、(右債務名義に表示された訴外榛葉信夫の住所に右決定正本が送達され、その後右競売手続完結まで同訴外人或いは原告等より何等の異議の申立もなかつたことは弁論の全趣旨により認められる)同年九月一四日同支部において被告に対し競落許可決定がなされ、同年一〇月一七日前橋地方法務局桐生支局受付第六六四三号をもつて右宅地の所有権取得登記がなされたことは当事者間に争いがないから、結局のところ原告において、私法上の請求権の不存在につき証拠のないこと前認定のとおりである本件においては競落人たる被告は、有効に本件宅地の所有権を取得するに至り、もはや原告としては被告に対し本件宅地の取得をもつて争うことを得ざるに至つたものというべきである。

されば、本件宅地が原告の所有なることの確認、被告の所有権取得登記の抹消登記手続ならびに建物収去土地明渡を求める原告の本訴請求はすべて理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

第一目録

桐生市西堤町字中島二六二八番の九

一、宅地    二四八坪四合

第二目録

桐生市西堤町字中島二六二八番

一、木造セメント瓦茸平家建居宅一棟

建坪 八坪五合

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